昨日は仕事あと、先輩の悩み相談にのりました。
なぜ私…と思いながら('_')
考えるなぁ。
メリハリって大切だけど、
自分の思うように実施しても、
相手にはなかなか伝わらない。
それが子どもとなったら、なおさら。
塾の存在ってなんだそう。
って思う。
受験合格のために
成績UPのために、
って、「自分の意志」で思って来てる人
は、少ないんだろうな。
勉強する、しなければならない
って言う理由や意義を
ちゃんと考えられる人が来るものだと思ってた。
動機付けや、意欲向上は
学校の役割だと思ってた。
でも、そうはいかないんだよね。
目の前の先輩は、悩んでたけど
杏は、その人だけの責任じゃないと思った。
その人は、本来の塾のありかたを貫こうとしたのだから。
でも、それに生徒がついていけなかったのは、
その人だけの責任じゃない。
もっと、周りが、全体が、教室が、
生徒たちに普段から意識づけをしていかなければならない。
普段から、生徒たちが目標にしていることを
意識させていかなきゃいけないんだ。
それは、どういう方法で、って言うのはわからない。
ただ1つ言えるのは、今のうちの教室の状況は
全体でやるべきことさえも、先生1人1人任せ、だということ。
最初に入ってきたときに、思ったんだ。
塾講師のアルバイトって、
個人個人、なんだな。って。
自分に向いてないって思ったのはそれが理由。
私は、誰かに怒られてみんなで協力し合って仕事して
授業においても、業務においても、
そおやって成長して、力もついていくものだと思った。
でも違うんだよね。
もちろん、何人かは教えてくれたり授業見てくれたりする。
でも、全体がそういう雰囲気じゃないから
だから私はいくら教室会議で
「いい授業」についての話を書面でしたところで
意味がない、と思ってた。
ま、個人的には勉強になるけどさ。
こういう生徒がいて、こういう分野は
どうやって教えたらいいか、
どうしたらもっとわかりやすく教えらえるか、
って、ぜーーんぶ、自分で気づかなきゃいけないんだもん。
「教育」って、
もっと責任を感じなきゃいけないものだと思う。
私もその点はいつも、反省しなきゃいけないことだけど。
「教育」って
受験生だけを対象としているものじゃないと思う。
「教育」って
学習者と教育者がいれば成り立つ。
だから、教育をする者も、教育されなければならない。
「教育」に、「時間がない」や「人がいない」は
通用しない。
へんなの。
って。その先輩はすごく悩んでたのに
私は何一つ解決してあげれてないけど…((+_+))
でもその人のおかげで、私も考えた。
教育者になる上で、
知識や学力や授業力も大切だけど
教育への覚悟や考え方も固めておかなきゃいけない。
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